Tagged: de André

0

ファブリツィオ・デ・アンドレ ー 盲愛のバラード

先週のイタリアの一番有名な歌手を紹介した。彼の歌はたまに苦しい、たまに陽気だ、たまに両方だ。今日紹介と翻訳する歌はそれの一つだ。陽気な声で面白い印象を伝えているけど、内容は冷たくて誰も好きじゃない男誑し「ファム・ファタール」をぞっこん愛に落ちる人の話:「盲愛のバラード」。歌の女の人はボードレールの「ムーサ」を覚えさせる。彼女は彼の財産をふいにしても、彼をアヘン中毒にさせても、ボードレールは最後まで彼女を支えた。盲愛のバラードの陽気な歌と苦しい内容の対照は面白い感じを作っている。 最初友川カズキを聞いた時、ファブリツィオ·デ·アンドレを思い出した。彼らは似ていると思う。違いは友川は日本であまり人気じゃなくて、デ·アンドレはイタリアで大人気だ!

2

ファブリツィオ·デ·アンドレ(Fabrizio de Andrè)

最近友川かずきの歌を英語でここに紹介した。これは僕の「J-Pop反対」の活動だ。今回日本人の為イタリアの一番有名で影響が強い歌手を紹介すると思う:「Fabrizio de André」(ファブリツィオ·デ·アンドレ)。 イタリアのジェノヴァ(Genova)に1940年に生まれて、18歳から1999年の死去までずっと音楽をしたり、アルバムを作成したり、特に社会の「アンダードッグ」負け犬を支えたり、カトリック教会を冷評したり、今までイタリアの全ての音楽を影響した。 1980年サルディーニャ島の反徒に拉致されて、何月もサルディーニャの山岳に押さえられた。身代金を払ったようでやっと彼が放れた。その後デ・アンドレは反徒を支えて、特別のアルバムを録音した。 デ・アンドレは色んな歌手の影響されていた。特にジョルジュ・ブラッサンスとレナード・コーエン。互いに、もう15年前なくなっても、彼もこれまでのイタリア音楽に強い影響を与えている。どんなに強い盈虚だったのに、イタリアの外国にデ・アンドレはあまり有名じゃない。実はイタリア人以外「デ・アンドレ」を聞いた事がある人をあった事がないと思う。 残念ながら、僕自身はデ・アンドレをライブに見た事ないけど、彼の演奏が有名だった。よく舞台の上に一つの椅子とワイン一本だけあった。演奏中ワインを沢山飲みながら、歌を歌たり、タバコを吸ったり、自分の哲学の話したり、したようだ。先月の友川かずきの演奏に出席の時、デ・アンドレを思い出した。(タバコとお酒以外けれども) これから色んなデ・アンドレの歌を日本語に翻訳してみようと思っている。